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2017.06.01

原子力法制度を法的に分析することの意義

  • 研究主幹 芳川 恒志 /
    「原子力と法」研究会座長 豊永 晋輔

 われわれは、危険だけれども有用な技術とどのように付き合っていけるのだろうか。例えば、遺伝子関連技術である。この技術が医療等の向上に対して大きな貢献をすることは疑いもないが、同時に、人体や生態系への影響を考慮して、一定の規制が必要であることも明らかであろう。同様に、原子力技術も、エネルギー効率が高く、多くの関連技術分野を包含する有用な技術である。しかしながら、このような技術は、他方で、福島第一原子力発電所の事故からも明らかなように、原子力技術は予見が困難で甚大な被害をもたらす危険性を伴う。原子力技術に関して厳正な安全規制や安全審査が必要な所以である。安全等について求められる水準を確保して危険をできるだけ排除しつつ、技術がもたらす便益を最大限享受することが望ましく、さらにイノベーションで安全面も含め技術がますます進歩すればもっといい。

 キヤノングローバル戦略研究所では、昨年「原子力と法」研究会を発足させ、原子力事業に関する制度を対象とした法的分析、特に法制度の観点からの議論、分析を行っている。

 原子力と法の研究は、科学技術に関する法的分析の一環である。ところが、「科学技術と法」というと、従来、主として、裁判・訴訟における科学技術と法との関係を検討した研究がなされてきた(裁判での鑑定の在り方や専門家証人の活用など)。これに対して、この研究会では、科学技術に関する制度を構築するに当たり、むしろ「より良い制度」にするにはどうしたらよいかという問題意識で議論を進めたいと考えている。すなわち、大規模複合的で有用な技術であると同時に、公衆被害を惹起するリスクも大きい原子力技術に着目して、科学技術のリスクをコントロールする制度設計について、法的観点から分析することとしている。

 また、科学技術をコントロールし、安全を確保することを前提としつつも、原子力やその開発、関連する制度などを巡る国際潮流についても把握しておくことも重要である。というのは、わが国の原子力に関しては、しばしば、議論の視野が狭すぎるとの批判がなされるところであるため、国際動向を踏まえて広い視野を確保したいからである。さらに、原子力分野を含め、およそイノベーションは、国境と関係なく進歩しているため、そのような進歩に伴って、海外からの投資を誘引するための制度間競争を含めて、法制度も変化する可能性があることにも留意する必要がある。



<「原子力と法」研究会の目的-第1回ワークショップ資料より>

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<参考URL:「原子力と法」研究会


原子力に関する諸制度に共通する目的

 このようにエネルギー技術の例として原子力に着目した場合、原子力安全規制、原子力損害賠償など、原子力に関わる多くの制度に共通する目的は何だろうか。

 まず、一点目に、これらの制度が原子力事業を推進する目的を有することは疑いようがない。国の原子力政策の一環としての原子力制度がこれである。

 しかし、このような原子力事業推進の目的は、原子力が明らかに危険であって、公衆に被害を及ぼすおそれがある以上、それ単独では目的になり得ない。公衆被害の危険を内包する原子力を利用する以上は、安全に利用する必要がある。言い換えると、原子力事業を推進するという目的は、安全に原子力を利用することと一体なのである。そうでなければ、原子力という危険な技術を利用する資格がないと言わざるを得ない。

 原子力の「安全」な利用とは、原子力事故が発生しないように原子力を利用することに他ならない。このような視点から見て、原子力事故に関する法制度としては、主として、以下のものがある。



①原子力安全規制

 例えば商業原子炉の運転等に当たっては、国の許可を得る必要があるなど、国(主として原子力規制委員会)が、原子力事故を未然に防ぐために原子力安全規制を行っている。原子力安全規制の特徴は、行政機関が主体となって、事故の前に介入を行う点である。

 原子力安全規制が、原子力事故の発生を予防するために重要な制度であることは疑問の余地がない。しかし、原子力事故を抑制するには、原子力安全規制のみではなく、原子力損害賠償や民事差止制度も含めた制度設計をする必要があるのではないかというのが、当研究会の問題意識である。



②原子力損害賠償制度

 原子力損害賠償制度により、原子力事故が起きた場合、損害を受けた者は、原子力事業者から損害賠償を受けることができる。私人が主体となって、事故の発生後に機能する点に特徴がある。当研究会は、原子力損害賠償も、事業者に対する事故抑止のインセンティブを通して、安全確保に寄与するのではないかと考えている。



③民事差止制度

 国の許可があったとしても、一定の場合に、原子炉の周辺住民は、原子力事業自体を停止させることができる。原子力に関する活動を停止させるので、民事差止制度は、原子力事故の抑制に寄与する。民事差止めは、私人が主体となって、事故の発生前に機能する点に特徴がある。



 ひとくちに原子力法政策と言っても、原子力安全規制や、原子力損害賠償、原子力災害対策制度など、かなり広い。そこで、このコラムでは、次回以降、事業者への事故抑止のインセンティブという観点から、まず原子力損害賠償制度に着目したい。

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