キャメロットがやってくる~ケネディ駐日大使指名

 7月24日、ホワイトハウスは8月中旬に離任が予定されているジョン・ルース現大使の後任として、キャロライン・ケネディ氏を次期駐日大使に指名すると発表した。この人事に対するワシントンの反応が、政治任用を考えるうえで非常に興味深いので、紹介したい。
 キャロライン・ケネディ氏が故ジョン・F・ケネディ大統領の娘であることは誰もが知っている。しかし、ケネディ家がアメリカでいかに特殊な立場かについては、意外に日本でも知られていないのではないか。
 アメリカではケネディ一族、特に故ジョン・F・ケネディ大統領一家を、中世の伝説アーサー王の宮廷があった場所と同じ「キャメロット(camelot)」と呼ぶことが多いのはご存じだろうか。ケネディ家はアイルランド系アメリカ人で巨額の財を背景に、アメリカ有数の政治一族となり、一族から多数の政治家を輩出してきた、その中でも特に、1961年に43才の若さで大統領に当選し、ジャクリーン夫人と共にホワイトハウス入りしたジョン・F・ケネディ大統領一家は別格の存在だ。ケネディ元大統領が1963年にテキサス州ダラス遊説中に暗殺されるという非業の死を遂げたのち、遺されたジャクリーン夫人の優雅な生活や、成長した息子ジョン・F・ケネディ・Jr氏のイケメンぶりなどが、世間の注目を浴び続けた。1994年に母親のジャクリーン夫人が病死し、1999年には弟のジョンが飛行機事故で死亡した現在、キャロライン氏は、そのcamelotの「最後の生き残り」である。皇室や王室をもたないアメリカの中で数少ない「破格のセレブ」なのだ。
 しかし、キャロライン氏は、つい最近まで人目を避けて生活してきた。弁護士資格を持ってはいるが、これまでのキャリアでは、教育や児童福祉のための慈善事業の運営を中心に活動している。1億ドル近くの資産を持っているとされながらも今でも通勤には地下鉄を使うなど、生活ぶりもトコトン地味であるとも言われている。
 特に政治の舞台には決して姿をみせず、叔父のエドワード・ケネディ上院議員以外の政治家への支持は表明したことがなかった。しかし、その「破格のセレブ」度故に、2008年の大統領選挙予備選時には、キャロライン氏がオバマ氏、クリントン氏どちらかを支持するかどうかについて様々な憶測が飛んだ。特にクリントン氏はキャロライン氏が住むNYから上院議員に選出されている。しかも同じ女性同士ということで、キャロライン氏はクリントン氏を支持する可能性が高いのではないか、と言われていた。
 ところがふたを開けてみると、キャロライン氏が支持したのは、当時、全国的にはほぼ無名のオバマ氏。2008年1月27日にキャロライン・ケネディ氏がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿した「私の父のような大統領(A President like my father)」という論説の中でケネディ氏は「私の父は大統領として、多くの人の心に希望を与えたと聞くが、自分自身はそのような大統領に会ったことがない。しかし、初めて、私だけではなく、新しい世代のアメリカ人にとって、大統領としての父のような存在になる人を見出したと確信している」と述べ、オバマ氏を大統領候補として支持することを明言したのである。これがきっかけになり、オバマ氏はその後、劣勢を挽回、11月に大統領選に勝利する。つまり、キャロライン・ケネディ氏はオバマ大統領誕生のもっとも重要な立役者の一人なのだ。
 それだけ大統領選に貢献すれば、普通は、政権で重要なポストを与えられるなど、それなりの処遇を受ける。しかし、ケネディ氏は今までそのような処遇を一切受けてこなかった。それ故に、今回の人事は、オバマ大統領によるケネディ氏に対する「論功行賞人事」である、というのが、ほぼアメリカ国内でのコンセンサスである。
 また、今回の人事については、発表翌日に外交雑誌「フォーリン・ポリシ-」誌のデイビッド・ロスコフ総編集長が「東京の漂流(Tokyo Drift)」と題する批判的な記事を掲載したのを皮切りに、外交・安保政策のプロフェッショナル集団の間で、日本専門家もそうでない人たちも入り乱れて、賛否両論の大論争となっている。ケネディ氏の駐日大使指名を支持する人の論旨は
 (1)アメリカはアジアにおける日本の大事な同盟国だ
 (2)駐日大使にはこれまで、「大物」が多く指名されてきた
 (3)今のアメリカ国内で、オバマ大統領との距離、アメリカでの知名度ともに、ケネディ氏ほどの人物はいない
 (4)よって、米国が日本を重要視していることの証として、駐日大使としては最適の人事である。
というものだ。さらに、ケネディ氏がこれまで特に日本との接点がなかったことについては「ウォルター・モンデール(元副大統領・元駐日大使)だって、別に日本専門家だったわけじゃない」(カート・キャンベル前国務次官補)という反論が紹介されている。
 これに対して、反対を唱える人たちは
 (1)今の日米関係は政治・経済・安保各分野で非常に難しい時期だ。
 (2)この時期を乗り切るためには、本来は日本やアジアに対する深い知見が、本来であれば、今の時期の大使には求められる。
 (3)たとえ日本専門家ではなくても、最低でも、今の日米関係が抱える複雑な問題を理解することができ、かつ政治的勘がすぐれた人物であることは必須だ。単に知名度が高ければいいという話ではない。
 (4)日本の専門家ではないといっても、マンスフィールド(元上院議員院内総務)、モンデール(副大統領)、フォーリー(元下院議長)、ベーカー(元上院議員)、といった人たちの経験と、彼女の経験を同列に論じるのは明らかに間違っている。
 (5)シーファー前大使やルース現大使のように、大統領との距離感で選ばれた大使も、球団経営をしていた実業家(シーファー氏)や、やり手の弁護士(ルース氏)など、その人個人としての業績を上げてきた人ばかりだ。
 (6)これに対してケネディ氏はこれまでの人生の中で、「キャロライン・ケネディ」個人として、何か目立った業績を上げたことはないではないか。
 (7)内気すぎて上院議員選すら乗り切れない彼女に、行く先々で注目の的になる大使がそもそも務まるのか。
などと批判している。前述のロスコフ氏の論評はこれに近いもので、以上の「反対派の論理」に加えて「このような人事は、世界に対して『ケネディ氏の知名度が高いが故に、アメリカは大統領のお友達人事で大使を決めている』というメッセージをより一層高らかに送ることになる」という理由も上げて批判している。ウインストン・ロード元駐中国大使・国務次官補に至ってはもっと辛辣で、今回の人事を「日本への侮辱だ」「ぞっとする(obscene)」とまで言っている。ただ、反対派ですら、ケネディ氏に対する直接の批判はなく、どちらかといえば「明らかに資質不足のケネディ氏にそんな重荷を背負わせるオバマ政権の人事ミス」であると主張しているのは、やはりケネディ氏が「破格のセレブ」であればこそだろう。
 この論争を見ていて興味深いのは、政治任用者にどのような資質を求めるのか、についての、政治任用者を支えるアメリカのプロフェッショナル集団の思いを垣間見ることができることだ。今回の人事に好意的な見方をしている人は「大統領との距離」が全てといっても過言ではなく、本人の資質は「あればあったにこしたことはないが、なくてもなんとかなる」と考えているようであることだ。これに対して、反対派は「政治任用者に高い専門性が期待できない場合が多い」のは大前提で、そのうえで「とはいえ、ある程度の資質はないと困る」と主張しているように見えることだ。
 つまり、どちらの側に立つ人も、政治任用はある程度「論功行賞人事」になるのは仕方ないものとして受け入れており、それゆえに「高い専門性」に対する期待度はあまり高くない。そのうえで、「どういうタイプの政治任用者であれば、支え甲斐があるのか」について議論しているのだ。
 日本では、これから特に外交・安保の分野ではNSCが設置される公算が高く、「どのような体制で総理を支えるか」についての議論がますます高まっていくだろう。その中で、官僚機構との間に立って総理その他の閣僚を支える「日本的政治任用者」の在り方についても議論されていくことになるのだろう。その場合、政治任用者に求められるのは官僚機構の力を最大限に引き出して政策を実現させるために動くことだが、プロフェッショナル集団から見て「どういう人が支え甲斐がある」ように見えるのか、を知る意味でも、今回のケネディ駐日大使人事を巡るアメリカでの論争はとても興味深いのである。

(辰巳由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)

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