安倍総理のCSIS講演

 2月21-22日にかけて、安倍総理は駆け足の日程で総理の座に返り咲いてから初の訪米を終えた。22日の昼過ぎに日米首脳会談を終えた後は、夕方、ワシントンでも最も有名なシンクタンクの一つである戦略国際問題研究所(CSIS)で「Japan is back(日本は復活した)」というタイトルの講演をした。日米首脳会談の評価は次回に譲ることにして、今回は、筆者も聴衆の末席をけがしたこの講演会について触れてみたい。
 ワシントンのシンクタンクはCSISに限らず、米国は言わずもがな、外国の閣僚や議員、在米大使などの要人を迎えての講演会を頻繁に行う。質疑応答の時間や、前後の移動の時間を含めると2時間近く拘束することになるシンクタンクでの演説にどれくらいの要人をコミットさせることができるかが、「国内外の政府にどれだけ人脈を持っているか」の証左となり、シンクタンクの評価にもつながるからだ。講演する側にとっても、「ワシントンの有力なシンクタンクで大勢の聴衆を前に演説した」という実績はプラスになる。かくして、ワシントンのシンクタンクは、要人を迎えてのイベントを企画すべく、常に「誰がいつごろワシントンに来るか」という情報を逃さないようにアンテナを張り巡らしている。
 今回、安倍総理がCSISを講演場所に選んだのはなぜか。全く推測の域を出ないが、最大の理由は、CSISのマイケル・グリーン日本部長と総理が個人的に親しいということだろう。総理が小泉内閣で官房長官を務めていたころ、グリーン氏はNSCでアジア上級部長を務めていた。小泉総理とブッシュ大統領が個人的に親しい関係を構築できたのも、その裏でグリーン氏と安倍官房長官がきめ細かく連絡を取り合っていたからこそであるとも言われている。その個人的関係を考えれば、安倍総理の側からCSISに働きかけがあったと考えるのが最も自然だ。
 ただ、要人を講演に呼んだ以上、講演会はなんといっても成功させなければならない。聴衆が少ないのは論外だし、聴衆の中に不規則な質問をして、講演者に恥をかかせるようなことがあってもいけない。一国の宰相を迎えるとあっては、講演会を盛況なものにすることへのプレッシャーたるや、相当なものだ。
 CSISは今回の講演は万全の態勢を以て臨んでいた。講演に招待する人を絞り、さらに、招待状が流用されないよう、招待状を受け取った人しか講演会への出席可否の返事をできないようにした。これが好を奏したのか、当日、会場には、日本関係のイベントでよく、その時のテーマと全く関係ない質問をして場を白けさせることで知られている人々の顔は一切なかった。さらに講演会場では、最前列にジョン・ハムレCSIS所長、リチャード・アーミテージ元国務副長官、とそうそうたる顔ぶれが陣取っただけでなく、アメリカ人の日本専門家を前列に座らせ、「聴衆を見渡したら日本人しかいない」という雰囲気を出さないように務めていた(実際の聴衆はやはり、日本人度が高かったのだが・・・)
 また、基調講演そのものは総理が英文を読み上げたのだが、質疑応答は通訳を介したものになることが分かっていたため、総理の発言については日本から同行している総理通訳が逐語で訳すが、質問者の英語は同時通訳を入れることで、効率化を図った。しかもその同時通訳は、おそらく当日の午前中、首脳会談でオバマ大統領の通訳をしていたであろう通訳を雇っていた。2004年に当時自民党幹事長だった安倍総理が別のシンクタンクで講演をした際に、そのシンクタンクが手配した通訳のレベルが低く、聴衆から不満の声が上がったのを覚えていたに違いない。質疑応答の際も最新の注意が払われた。会談前日に慰安婦問題について安倍政権に批判的な記事を書いた記者は、質疑応答が始まった時から手を挙げていたのにスルーされ、質問者はCSIS関係者が大半を占めた。
 これだけ準備すれば講演会が盛況に終わるのはある意味当たり前で、実際、総理の講演会は成功に終わったといっていい。ほぼ満員の会場で力強い声で英語でスピーチ文を読み上げた安倍総理には「内容的には、まぁ、無難なところよね。もうちょっと中身があってもよかったかも」と若干辛口気味の採点をしたアメリカ人の出席者でも「日本の指導者に力強さが戻った、とアピールできたんじゃないか。それは日本の対外イメージにとってすごくいいこと」と好意的な反応だった。
 総理のワシントンでの講演、大成功!と周りが盛り上がるなか、私の関心は全く関係ないところにあった。講演の最前列にアーミテージ氏らとならんでショーン・パーネル・アラスカ州知事が座っていたのだ。冒頭、総理を紹介したハムレCIS所長も、わざわざパーネル知事が来ていることを言及している。日本とかかわりが深いといえば、カリフォルニアやハワイ、ワシントンなどの西海岸だ。なぜアラスカの州知事が総理の講演に?もしかして・・・ルース駐日大使の後任に名前が挙がっているのかも?と思った私はワシントンに長くいすぎだろうか。

(辰巳由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員)

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