防衛省の「政治任用人事」に思う

 6月8日、防衛省は在日本アメリカ大使館職員の木村綾子女史をキャリア職員として採用する人事発令を出した。大臣官房の参事官、課長クラスとしての採用だという。彼女と同い年の防衛省のキャリア官僚はまだ課長の2歩手前なので、2階級特進である。
 これまでベテランのジャーナリストの方が外務省で報道官に任命されたり、国際政治専門の大学教授が大使に指名されたり、ということはあった。しかし、役所の中堅幹部でこのような中途採用が行われたというのは聞かない。しかも、この人事は北澤防衛大臣の強い希望で実現したようだ。現在の日本のシステム下では実質的な「政治任用」だろう。しかも、彼女は防衛省の中で16年たってもなお解決しない普天間海兵隊飛行場の移設問題を担当するという。
 木村さんには私も1度だけ会ったことがあり、とても感じのよい方だったのを覚えている。ワシントンの「日米関係コミュニティ」の人間の間でも彼女の存在は当然、よく知られている。私の仲間の研究者達は「アヤにとってはgreat opportunity」と手放しで喜んでいる。 
 しかし本当にそうなのだろうか?現実的に考ええれば、民主党政権発足後の迷走により態度を硬化させた沖縄県、震災復興や福島第一原発事故への対応に追われ続ける中、「誰も何も決めない」状態が政治の世界では続いている。普天間問題は当面、打開しないだろう。21日に行われた2プラス2で普天間移設スケジュールが仕切りなおしとなったことからもそれは明らかだ。
 私はむしろ「北澤大臣は無茶なことをしたなぁ」という感想のほうが強い。防衛省に「2階級特進」で、外国の大使館で(現地職員として)働いていた「女性」が「2階級特進」という特別待遇で入る。入省にあたって朝日新聞が「ひと」欄でインタビュー記事を載せたりと、メディアにも注目され、入省前から「普天間問題を解決できない防衛省の救世主」のような扱いである。彼女が国務省や国防省を後ろ盾にアメリカ大使館で働いている間に普天間問題を前に動かすために汗を流し、夜遅くまで働いてきた防衛官僚が数多くいるのに、である。北澤大臣の決定は、民主党政権発足後普天間問題が迷走を続ける中、なんとかこの問題を前進させようとしてきた数多くの防衛官僚に対し、彼らの努力を大臣が評価していないことを宣言したのに等しいのではないだろうか。
 日本に政治任用制度が存在するなら、特段の問題はない。北澤大臣に任命されて防衛省に来た彼女は、北澤大臣が大臣の座を去るときに防衛省を去る、ただそれだけの話だからだ。しかし現在の体制ではそうはならない。防衛省職員となった彼女は北澤大臣が防衛省から去ったとしても幹部職員として当面は防衛省に残ることになる可能性が高い。後ろ盾を失った彼女が防衛省の中でどのような立場に置かれることになるのかは、未知数なのだ。
 官僚機構内の思考停止を打破しようとするときに外部の人間を登用する、というやり方はあって当然だと思う。北澤大臣が木村氏を普天間問題解決に向けた「知恵袋」として登用したい、と思ったのもそれなりの理由があるからだろう。しかし、その場合は、大臣補佐官として採用する、あるいは政務秘書官として採用する、など役所の人事制度に無理やり彼女を当てはめる以外に彼女の知見や人脈を活用できる方法があったのではないか。
 入省前に注目を集めてしまっただけに、かえって、採用された本人にとって仕事がやりにくい状況が生まれていないとよいのだが・・・そう思わされた人事だった。

(辰巳由紀 キヤノングローバル戦略研究所研究員)

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